「人類最大の難病」である統合失調症を公表しようと思った理由

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23歳の秋、人生で初めて統合失調症になりました。

そこから3度ほど再発を繰り返しており、直近では去年のGW明けに双極性障害と合わせて再発。

産後のホルモンバランスの崩れ、寝不足などが原因とのことでした。

今までは寛解している時期も長かったので、言わなければわからないということで、とくに外部に向けて公表することはありませんでした。

しかし以前からお伝えしている通り、このブログは大切な娘に向けた遺書です。

母親であるわたしの病気のこと、一緒に暮らせなくても精一杯愛情を注いでいることがいつか伝わるよう、当ブログで公表することにしました。

目次

病気になってたくさん失ったものがある

統合失調症は難病指定はされていないものの、その治療の難しさから「人類最大の難病」と表現されます。

幻聴、幻覚、躁状態に陥ったとき、所属していたコミュニティ、大切だった友人たち、そして夫までもたくさん傷つけ、失いました。

夫に関しては離婚を選ばず今でも一緒にいてくれますが、たくさん悲しませたのが事実。

償いきれないほどつらい思いをさせてしまったのです。

だけどたった一つ得た大切なもの

そんな人の人生を簡単に狂わせるこの病気。

失ったものはたくさんあるしもう返ってきません。

それでも失意のどん底でも今生きているのは「これから過ごす娘との時間」や「彼女の将来」が楽しみだから。

きっと夫も娘がいなければ離婚を言い渡していたでしょう。

崖っぷち夫婦を救ってくれた娘にはほんとうに感謝。

スーちゃん

躁鬱はほんとうに波がある、そのたびに娘の存在に助けられています

障碍者が子どもを産むってどうなの?

何度も何度も主治医と相談し、妊活に向けて準備をしてきました。

極限まで減薬をしたり、遺伝性の有無について説明を受けたり。

妊活当時はまだ自分が障碍者だと自覚がなかったのも、子どもを持つ人生を選んだきっかけです。

産後、再発してから約8か月入院をして初めて認識しました。

※長期入院が初めてだったこと、障碍者年金を申請したことから。

障碍者のわたしが子どもを望むことは100%エゴだったのかもしれません。

だけど娘の人生の足かせにならないよう、自慢の母親になれるよう、これからいろいろなことに挑戦します。

病気に負けない母親であるために

今はわたしの体調と娘の安全を第一に、別居しています。

娘は夫と義父母のところへ。

わたしは実家で療養中。

人類最大の難病である統合失調症ないし統合失調感情障害を持つ一児の母、病気に負けないよう体調管理万全に、このブログでは今後病気のことも包み隠さず発信していきます。

医療行為とみなされるコンテンツは発信できませんが、いち当事者としての経験や葛藤を共有できればうれしいです。

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